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担当者 NINDJA  登録日時 2009-07-03 11:35 (2357 ヒット)

彼らはスパイだったのか?
―インドネシアにおけるトコ・ジュパン(日本人店)の足跡を顧みる


日 時:2009年7月8日(水)18時30分〜(開場18時)
場 所:ATJ/APLA事務所会議室
講演者:Meta Sekar Puji Astuti
言 語:インドネシア語(逐次通訳あり)
参加費:500円

会場の都合上、必ずご予約ください。

開始時間 18時30分
定員数 15人 (予約数 10人)
予約締切時間 2009年07月08日 17時30分

【講演者からの紹介】
 太平洋戦争前から、かなり多くの日本人がインドネシア(オランダ領東インド)に存在し、各地で商売をおこなっていた。1860年代から日本軍の占領期までを、トコ・ジュパン(日本人店)の時代と言ってもよいだろう。このトコ・ジュパンによる商売は、高いサービス、一定の価格、きれいで整頓された店・・・によって、インドネシアの人びとの心を射抜いたといえる。このようにトコ・ジュパンの印象は悪くなかったにもかかわらず、この時代の日本人はネガティブにとらえられている。インドネシアの人びとは一般的に日本人のことを、日本政府の「スパイ」だと考えていたのだ。日本軍政による3年半の占領期は特にそれが顕著であった。しかし、この見解は完全に正しいわけではないということを論証する。
 現在まで、トコ・ジュパンに関する研究はインドネシアではほとんどおこなわれていない。その理由としては、情報そのものが少ないこと、日本語が堪能なインドネシアの歴史学者がほとんどいないことなどが挙げられる。それでも、このテーマは、非常に重要だといえる。インドネシアと日本の関係性、特に「小さな民」に重点を置いた関係性に関心を与えることになる。これまでイ日の2国間関係は、政府間やODA政策に関連したものに重点がおかれていたからだ。だからこそ、わたしはトコ・ジュパンの特徴についてより詳細な調査をおこないたい。どのような商売がおこなわれていたか、どのようなイメージをもたれていたか、トコ・ジュパンの雰囲気や生活様式など。それ以外に、当時、その地に存在していた経済や文化、地域の発展についても調べてみたい。中国、ヨーロッパ、プリブミとの間に競争関係があったのかどうか? トコ・ジュパンと地元住民との交流はあったのか? そして、当時のトコ・ジュパンと現在の日本人の生活様式を比較するとどうなのか? そうしたことを考えていきたい。

受付を終了しました