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その他人道支援へのご協力のお願い
 ロンボク島(2018年7月)、中スラウェシ(2018年7月)と、インドネシアでは多くの死者・行方不明者をともなう地震が多数発生しています。NINDJAは、これまで現地と培ってきた草の根のネットワークを活かし、自然災害に対して緊急に対応できるようカンパを募っています。今後ともご支援いただけると幸いです。

Warung NINDJAからご支援いただけます
投稿者: NINDJA 投稿日時: 2018-10-8 9:22:51 (269 ヒット)

 ニュース等で報道されているとおり、2018年9月28日、中スラウェシ州ドンガラ県の北東約28キロを震源とするマグニチュード7.5の大地震が発生しました。地震による津波も沿岸部に押し寄せ、10月7日までに死者1763人、行方不明者5000人超と伝えられています。しかしながら、救助や捜索が進んでいない地域もあり、犠牲者数はさらに増える恐れがあるとされています。
 NINDJAは、中スラウェシ州テンテナで活動するInstitut MOSINTUWUが中心となって開始した緊急支援活動の一助となるように支援金1000万ルピアを、これまでみなさまにお寄せいただいているカンパより送金しました。
 Institut MOSINTUWUは、中スラウェシ州ポソの紛争後の地域社会における経済、社会、文化、政治、そして人権といった問題について、住民主体の解決に向けて活動してきたNGOです。
 Institut MOSINTUWUの設立者であり、ポソ紛争に関する調査をNINDJAとともに実施したLian Gogaliさんからの報告によれば、震災から6日目となった10月3日時点でも、被災地のパルおよびドンガラでは、食料、飲料、ガソリン、医療品など、必要品すべててが不足しているとのこと。ポソとテンテナで食料、飲料水、医薬品、ガソリン、ウェットティッシュ(使用できる水が大変限られているため)などを購入して、被災地へ運ぶ活動が開始されました。
 「配給のインスタントラーメンを食べつづけている被災者も多く、炊き出しが必要とされています。9月30日には、魚料理やゆで卵などの入ったナシ・ブンクス(お弁当)1000食をボランティアでつくり、被災地に届けました。今日もボランティアのみなさんと一緒に1日5000食をめざして、パルとドンガラでおなかをすかせている方たちにに届けます」とLianさん。食べ物が十分でなくお腹を空かせた状態で、がれきのなかを家族を探しつづけている人びとが多数いる厳しい状況を伝え、スラウェシ島内外に支援を呼びかけています。


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2010-12-28 3:09:00 (2959 ヒット)

 2010年11月初旬、クラテン県ウェディ郡ブランカル村では第2期NINDJA米栽培が開始。大雨、その雨後に上流から大量の水が運ばれてくるために起こる川の氾濫、害虫の襲来など、問題が山積するなかで、NINDJA農民のウィジさんは負けない。化学肥料を徐々に有機肥料へと代替する試みにも着手している。同月中旬、やはりNINDJA農民のガンドゥンさんとダルさんが第7期の無念を晴らすべく、第8期メロン栽培に踏み切った。12月に入って、ジョコさんとともに、これまでNINDJAヤギを飼育してきたサムさんがトウガラシの栽培をスタートさせた。コメは2011年1月末、メロンは2月中旬、トウガラシは3月の収穫を目指して、NINDJA農民たちは朝から夕方まで黙々と土に向かう日々である。

11〜12月のNINDJA農地の主な作業や周辺のようすは、以下のとおり。

11月5日 <コメ栽培>苗の定植

11月8日 ムラピ山噴火の被害を受けたクラテン県住民の一部がブランカル村に避難し、1週間滞在。村民各世帯は、避難民に対して、1日につき5つの弁当を提供することを義務づけられた。「畜産を営む避難民のほうが、ブランカル村の零細農民より経済的に裕福なはずなのに」「3食つきの避難民は、自発的になにもしようとしない」と、ブランカル村の人びとは噴火の被災者たちに対して手厳しい。ジャワ島中部地震(2006年5月)の被災者として避難民になった経験があるブランカル村の人びとでさえ、気持ちよく支援側に回れない。それは彼らの被災経験が完全に癒され、被災の記憶が風化したからであるとは必ずしも言えない。
 彼らが噴火による避難民に優しくできないのは、現在、彼ら自身が経済的な困窮のなかにいるからである。みずからが安寧に暮らせていてはじめて、かつての自分たちと似たり寄ったりの苦境にある他人のために、いたわりの心をもってなにかができるということかもしれない。今回の噴火をつうじて、そんなふうに感じた。ブランカル村で震災を被った農民の生活向上を目指して、NINDJAは活動をつづけてきた。しかし、噴火による避難民に対するブランカル村の人びとの対応を目の当たりにして、NINDJAがこれまでに実施してきた一連の活動が不十分であったことを認めざるをえない。被災農民の生活向上にまだあまり貢献できていないことを、反省した。

11月16日 <コメ栽培>苗、大雨に耐える
11月25日 <コメ栽培>雑草取り、<メロン栽培>畑の畦作り(27日、泥を塗って仕上げ)
11月29日 <コメ栽培>有機肥料散布、<メロン栽培>竹支柱作り
12月1日 <メロン栽培>土作り(基礎肥料を混ぜ込み、ビニールシートで表面を覆う)
12月2日 <メロン栽培>プラスティックポットで苗作りを開始
12月8、9日 <メロン栽培>苗の定植、支柱を紐で固定する作業
12月11日 <メロン栽培>支柱を紐で固定する作業、<トウガラシ栽培>雑草取り
12月12日 <コメ栽培>殺虫剤散布、<メロン栽培>農薬散布(〜13日)
12月15日 <コメ栽培>殺虫剤散布、<メロン栽培>農薬散布、第1回肥料流し込み
12月18日 <トウガラシ栽培>畑の区画・畦作り

 コメ、メロン、トウガラシ、すべてが順調に育ち、ブランカル村の農民たちと笑顔で収穫が迎えられますように。彼らの生活が今より少しでもラクになりますように。気持ちを新たに、農民たちと土に向かっている。

(報告:ハルン・スアイビー/間瀬朋子)

(写真上からウィジさん、ダルさん、NINDJAの畑、勢いよく出たメロンの芽)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2010-10-25 13:26:00 (1048 ヒット)

 暦上はずっと以前に乾季入りしていても、実際には雨が落ち続ける「濡れた乾季」が今年。農民は、微妙な気候の移り変わりを読み取り、農業計画を立てる。ところが、今年はその変化が読めない。農民たちがなじんできたIR64種やC4種のコメは植えつけから約3カ月で収穫できるが、昨今の天候をみると、いつ雨が切れるのか、あるいは本格的な(新しい)雨季に突入して苗が雨水に流されてしまわないか、この3カ月の動向さえ読みかねる。味で劣っても、3カ月足らずで収穫可能なIR36種の栽培に切り替える安全策を採る農民も出ている。
 2010年8月3日、中ジャワ州クラテン県ウェディ郡ブランカル村のNINDJA畑にメロン苗が定植された。適度に雨の落ちた栽培前半、葉のカビ対策さえ怠らなければ、難なく収穫にたどり着けそうだった。9月10日のレバラン(断食明け大祭)を過ぎると、メロン株にネットの張った大きな果実がついた。もうすぐ仲買人が畑にやってきて、値がつくはず。
 しかし、緊急事態発生。9月22、23日の雨で、NINDJA畑のメロンが水浸しになった。水のなかからメロンが半分だけ顔をのぞかせていた。同24日から25日にかけて再度、クラテン県やジョグジャカルタ特別州の各地は大暴風雨に見舞われた。ジョグジャカルタ特別州スレマン県にあるわたしの借家の庭には、隣屋のトタン屋根が落ちてきて、ガラガラガシャンと音を立てた。25日の昼下がりから翌朝まで、約12時間の長い停電も被った。ロウソクの灯りのなかで、「畑のメロンはぜったいにもうダメ…」と何度も考えていた。翌日、根腐れを起こしたNINDJAメロンの葉が黄色く枯れていくようすを、直視できなかった。
 今回(第7期)のメロン栽培で受けた傷から、わたしはなかなか立ち直れない。NINDJAと分益小作制を敷いて協業する農民が収穫直前ですべてを失ったという傷の大きさを思うと、なおさらいたたまれない。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2009-10-31 13:29:00 (1151 ヒット)

 第6期メロン栽培は、いつ雨が落ちるかを読みながら、植えつけに向かってスタンバイ中の時期が長く続きました。今期は、前期の2倍の規模での栽培に挑戦します。11月4日、ようやく苗を畑に定植しました。
 今期は、NINDJAメロン栽培プロジェクト始動からこれまでずっと協業してきたガンドゥンさんが、自分の土地(遺産相続した0.15haの水田)に自分の資本でメロンを栽培することになりました。つまり、ガンドゥンさんはNINDJAと5回協業する間にどうにか自己資本を蓄え、NINDJAから独立する経済力をつけたということです。NINDJAにとっては、ガンドゥンさんの成功とプロジェクトの成功を証拠づける喜ばしいニュース。水不足や暑さ対策に悩まされることのない、1年でいちばんメロン栽培に適した今期。ガンドゥンさんがみずからのメロンをたわわに実らせ、その自己資本をどんどん大きくしていけるよう、NINDJAは心から祈っています。
 ガンドゥンに代わって今期からNINDJA畑の一画で作業を担当する新しい仲間は、ジョコさん。これまでも、土起こしや苗植えつけの折に、NINDJA畑で日雇い労働をしたことのある、若いメロン農民です。古参のダルさんとともに、NINDJAとがんばっていきます。今期からダルさんは、新しい友人をひとり誘って、第5期よりもたくさんの栽培を試みます。ガンドゥンさんと同じく、遅かれ早かれダルさんもメロン農民として独り立ちしてゆくことでしょう。
 とはいえ、ガンドゥンさんとNINDJAとの関係が終わったわけではありません。ガンドゥンさんは今後も、みずからのメロン栽培をしながら、ムクル集落をふくむブランカル村におけるNINDJAメロン栽培プロジェクト全体のコーディネーターとしてNINDJAとの協業を続けます。古いメンバーが自分たちのいちばん信頼できる新しいメンバーを巻き込んで、より優れたメロン栽培ノウハウを伝授していこうとするシステムが、NINDJAの周辺で生まれてきつつあります。周辺農民の連帯と生活向上運動を目指すNINDJAには、たいへん嬉しいことです。新展開を迎えているNINDJAメロン栽培・生業支援プロジェクトに、今後ともよろしくご支援いただけますよう、お願い申し上げます。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2009-10-20 13:26:00 (1065 ヒット)

 第5期のメロン栽培は、2009年9月中に終了。7月初めから苗を育てはじめ、月半ばに畑に定植した苗は、乾季の水不足と強い日差しに耐え、美しいネットを張り、2kg弱の好ましい大きさのメロンになりました。同栽培プロジェクトを現地で切り盛りしているNINDJAのスタッフは、苗作りと定植作業のあと8月初めから1カ月間、別の仕事で畑を留守にしましたが、栽培スケジュール等に支障はありませんでした。NINDJAと契約農民のガンドゥンさん・ダルさんとの信頼関係はすでに揺るぎないものになっているようです。NINDJAとムクル集落のメロン農民とが共同作業を始めて約1年。気候、土壌、水はけ状況などを以前より詳細に分析して栽培に踏み切るなど、さまざまなノウハウを身につける努力をおこなってきました。メロン栽培プロジェクトは、安定期に入っています。
 約5000本を植えつけた第5期の収穫は、約7t。甘くて、香りのよいメロンでした。総売上げは、16,700,000ルピア。今期分の投資についてみると、黒字です。契約農民2名(ガンドゥンさん、ダルさん)に取り分の支払いのほか、通常ボーナスとともに、THR(断食明け大祭手当て、ひとりにつき20万ルピア)も支給することができました。NINDJAが毎回お世話になっている日雇い農業労働者の2名にたいしては、ビスケットとシロップの形でのTHRを出しました。
 第5期メロン栽培開始の少し前から、メロン栽培跡地で、ダルさんとともに試験的に開始した約1000本のトウガラシ栽培では、予想どおりトウガラシが(低リスク、低コストにもかかわらず)かなりの収益につながることを確認。約20万ルピアを投資した試験栽培での収益は、約250万ルピアに。これも、ダルさんとNINDJAとの間でムラパット(資本は全部NINDJAが負担し、売上げの4分の1を農民への支払いとする)システムを敷き、すでにダルさんへの支払いをすませました。今期次期以降、通年契約で借りた土地に定期的かつ本格的にトウガラシを栽培して、農民の生活向上とメロン栽培リスクの軽減を図ります。ダルさんのほか、トウガラシを専門に手入れする農民との協業も始める予定です。
 新たな課題は、”頂遒蠅板蠖∈邏箸髻△曚のメロン農民に先んじて(少なくともほかのメロン農民の作業工程に遅れないで)おこなう努力と、▲瓮蹈鹵臟秧佑箸硫然文鮠張謄ニックを磨くことのふたつ。前者が、後者の仲買人との価格交渉に大きく影響します。すなわち、早く植えつけて早く収穫した農民ほど、そのメロンは仲買人に高価格で買い上げてもらえる現状があるからです。
 11月1日前後に開始を予定されている第6期メロン栽培。1年でもっともメロン栽培に適した季節がやってきます。NINDJAは、第5期の2倍の規模での栽培に取り組む準備を、すでに始めています。雨季の開始を待って、植えつけをおこないます。次期もどうぞよろしくご支援ください。

追記
 ムクル集落では、まだまだNINDJAヤギが増加中。1年半前に購入した親ヤギたちが出産を繰り返しています。サムさんやサリヌムさんが、大事にニNINDJAヤギを育てているようすを見ながら、NINDJAがムクル集落に根づいていく心地よさを感じています。

(報告:間瀬朋子)


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