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ジャワ中部地震被災者支援へのご協力のお願い
 2006年5月27日午前5時54分(現地時間)、マグニチュード6.2の地震がジャワ島中部のジョグジャカルタ市より15km程南の南部海岸近くで発生し、多数の死者(3000人以上)と負傷者が出ています。避難民は20万人に上るとみられ、家屋、病院など建物の被害も深刻であり、今後、中長期的な復興活動が必要になると思われます。
 NINDJAは、これまで現地と培ってきた草の根のネットワークを生かし、屋台、ヤギ、メロン栽培支援をおこなってきました。現在、いただいたカンパの残金を生計自立支援プロジェクトとして活用させていただいている段階です。今後ともご支援いただけると幸いです。

Warung NINDJAからご支援いただけます
投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-28 19:23:00 (2392 ヒット)

 6月20日に2370万ルピアを送金、中ジャワ州クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落と隣のジョンゴ集落の出身のアンクリンガン(ジャワ式屋台カフェ)売りの支援活動がはじまりました。

■ NINDJAによる中部ジャワ地震被災者支援の第一弾「モノ売り支援」が本格的に開始しました
 ジョグジャカルタ特別州バントゥル県で被災して、屋台やそのほか商売道具を失ったアンクリンガン(ジャワ式屋台カフェ;紅茶や揚げバナナ、バナナの葉にごはんとおかずを少しずつ包んだもの―ナシ・クチンー<ねこめし>を売る)売り13名が最初の対象です。
 支援対象者の多くは中ジャワ州クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落と隣のジョンゴ集落の出身。チャワス郡カランアッサム村は、西で境を接する同県バヤット郡ングランガン村と並んで、アンクリンガン売りの出身地として有名。これらの村からは労働人口の約75%が、アンクリンガン売りとして中ジャワ州スマラン県やジョグジャカルタ特別州に出かせぎしています。
 被災地ジョグジャでは建材費などがかなり値上がりしているので、壊れた屋台に代わる新しいものをここで作るとなると援助予算をオーバーしそう。彼らの出身地で作る場合、輸送費がばかにならない。ジョグジャ中、クラテン中歩いて、何とかなりそうな屋台工場(こうば)、やっと見つけました。ジョグジャ特別州グヌン・キドゥル県サプトサリ郡ジュティス村、ジョグジャ市内からバイクで1時間半くらいの山中にあります。総チーク材(堅くて強い)のタイヤつき、輸送費込みで破格の一台90万ルピア(約1万1000円)。この価格がとても安いことは、知り合いのアンクリンガン売りやそのほか屋台引きに聞いても、自分が歩いて得た情報でも、確かです。「これ、被災者支援なの、安くしといて、ねっ?」というわたしのことばに、「あぁ?あんたが援助活動するのは勝手だけど、どうしてぼくも援助価格にしないといけないの?」と工場のおにいさん。もっともな言い分である…。「削れるところは、ぼくの労賃しかないんだよ」とつぶやきながら、けっきょく彼はかなりの良心価格をくれました。本日、とりあえず屋台4台注文。1週間後に1台、3週間で4台上がってくる約束です。注文の追加は随時おこなっていく予定。
 アンクリンガン売りのシンボルであるヤカン。1台の屋台にかならず3つのヤカンがあり、つねにアツアツの紅茶をお客に提供します。アンクリンガン売りなどの業務用台所用品の露天が並ぶウォノサリ通りにて、ヤカン1つ1万3000ルピア(約160円)で交渉成立。とり急ぎ明日30個購入します。
 以上、報告遅れましたが、NINDAモノ売り支援はただいま進行中です。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-17 19:53:00 (2318 ヒット)

対象
震災でロンボンを失ったが、今後もロンボンを用いたモノ売りとして生計を立てる意志のある者

第一弾支援地域
クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落の「ヘ(Hik)(アンクリンガン)」売り、および若干名のバントゥル県プレレット郡ウォノクロモ村のヘ売りと鶏そば売り

支援目的
(震災で失った)商売道具を支援することによって、被災したモノ売りたちが今後自立的に震災で生じた問題を解決していけるであろう機会を提供する

支援者選択の決め手
被災の強度(居住地、商売地、出身地)、経済力、自立への可能性。カランアッサム村ナメンガン集落の出身者たちは、主にヘ売りとしてジョグジャカルタに出かせぎしていて、出稼ぎ先居住地で被災。同時に出身地のクラテン県カランアッサム郡も震災でダメージを受けた。バントゥル県プレレット郡ウォノクロモ村ジェジェランいちば周辺(今回の地震でもっとも被災の激しい地域のひとつ)で商売するヘ売りと鶏そば売りがいる。ナメンガン集落のヘ売りと合わせて、合計19名のモノ売りたちを、NINDJA第一弾支援の対象とできればと思う。

支援額見積もり
できるだけ多くの被災者を支援できるよう、ロンボン等の額は極力抑えたい。総チーク材の高級ロンボン(ふつうヘ売りたちは、これをつかう)はあきらめ、安い建材を雑ぜた「エコノミー」ロンボンをつくる(ヘ売りたちの了解を得ている)。必要に応じて、ヤカン・グラスなどほかの道具も合わせて、ひとり100万ルピア内外。道具だけしか支援しないケースもある。したがって約25万円弱がロンボン・道具購入費。そのほか輸送費(ロンボンを村でつくるのかジョグジャでつくるのかによって変わってくる。思案中)もかかるだろう。

 6月15日、ナメンガン集落にいる、ロンボン・やかん食器等を失った被災者をひとりひとり訪問し、13名に支援が必要であるとみた(16日からジョグジャでもう一度被災状況をチェックして、支援者を決定)。16日、バントゥル・ジェジェランいちば周辺で援助が必要か確認作業。
 以上、簡単ですが、取り急ぎ報告いたします。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-14 19:47:00 (2634 ヒット)

 13日は朝からグヌン・キドゥル県ウォノサリ郡ピヤマン村ングルボ集落へ。被災モノ売りを助けるプロジェクトを見つけに歩いているなかで、おとといの夜アルンアルンで、その前の夜UGMで、いずれも「ロンデ」(白玉入りしょうが湯)を食べつつ、出会った情報が手がかり。ピヤマン村自体に大きな被災はない。同集落からジョグジャへ出稼ぎする場合、ロンデ売りやミー・ジャワ売りになることが多い。ミー・ジャワ売りとしてバントゥル県(とくにイモギリ郡、プレレット郡、セウォン郡)に出稼ぎしている者のうち数人が地震でロンボンを失った。商売できなくなった彼らは、現在、建設現場で日雇いになったり、知り合いのミー・ジャワ売りを手伝ったりして、ふたたび自分のロンボンを買うためにおカネを集めている。
 グヌン・キドゥル県ウォノサリ郡に入る手前の、パトゥック郡の被災状況は悲惨。日本の自衛隊も、ここで医療支援をしている。大きな道路を脇に入れば、援助が入りにくい地区がたくさんある。同郡スモヨ村などがそうだ。スモヨ村を越えると、バントゥル県に入る。ピユンガン郡スリムルヨ村でも、全壊家屋が連なる。同村パンデヤン集落には、現在までにわずかばかりの政府支援物資、ガジャ・マダ大学やテルコム社からのスンバコ支援しか届かない。政府が約束したコメや副食費もまだ来ない。
 ヤギ支援について、ジャワでいう「パロ」方式に準じていこうと思います。援助対象村で特定グループ(2、3から5世帯)を作り、各世帯にメス1匹、1グループにオス1匹を提供。提供したカンビンは原則NINDJAのもの。売ってはいけないし、病気になったりしないよう、提供された村人は責任をもたなければならない。カンビンに子どもが生まれたら、それは村人各自のものになる。パロ方式では、ほんとは生まれたカンビンの半分はNINDJAのものになるはずだけど、これは援助プロジェクトなので、100%村人各自のものになることにします。6カ月に一度くらい子どもが生まれますよね。3回生まれたら次の1回で生まれたカンビンはNINDJAのものにして、別の村人に提供するなどとすれば、より多くの人を支援できるプロジェクトに発展しますよね(面倒か…)。こちらも予算案等、近日中にお届けします。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-10 19:46:00 (2583 ヒット)

 毎日被災地を訪ねています。昨日は、クラテンから少し足を伸ばして、ウォノギリ・スコハルジョまで。新聞によると、ウォノギリ県セロギリ郡・プラチマントロ郡も被災したとのことでしたが、被害は大したことないように確認してきました。スコハルジョ県とクラテン県との県境(スコハルジョ県ウル郡)はクラテン県並みに被災していました。ここには倒壊家屋が多いのに、援助物資が入ってきにくい。ジョグジャにあるNGOを通じて、近日中に何か支援物資を運ぼうと思っています。
 アンクリンガンを支援する場合、ロンボン1台60万ルピア、ヤカンそのほかの道具を買って、ひとり当たり2万円くらいの支援となりそうです。もちろんすべてのアンクリンガン売りを助けることはできませんが、出身地も出稼ぎ地(ジョグジャ市やバントゥル県)も震災を受け、家も商売道具を失った、クラテン県チャワス郡カランアッサム村の人びとをできるだけ支援できればと思います。同村の特定ドゥスンを支援の対象にできませんか。昨日確認してみたところ、たとえばここのナムンガン地区(ドゥスン)に属し、村でそして出稼ぎ地で被災したアンクリンガン売りは17人。ひょっとしたらとなりのドゥスンも助けられるかもしれません。ちなみにカランアサム村からの出稼ぎのほとんどすべてがアンクリンガン売りです。アンクリンガン売りは男性ですが、その配偶者や家族がアンクリンガンで売られる揚げ物やごはんものを調理する裏方を担当。したがってロンボンの数以上に、実はもっと多くの人を助けられるプロジェクトだと思います。
 より平等に、より多くの人びとに援助がいくようにするなら、屋台など道具や設備を支援するより、たとえばモノ売りの子どもたち(小中学生の学費1年間15万ルピア程度)を直接各学校に払い込む形をとろうと思いましたが、難しいようなら、見送ります。仮設学校やムショラをどこに作るのかを選定する眼がわたしにはなさそう。出稼ぎ地で被災していないものの、故郷の村で家を失った(子どもたちは村に残されている)、出稼ぎモノ売りの負担を軽くする方法は、また考えてみます。
 あとはバントゥル県の市場商人(野菜売り、鶏売り)が多く集う村(震災でかなりのダメージあり)、グヌンキドゥル県の被災貧村を対象に、何かできればと思案中。これらの村では、自分で家畜(カンビン)を持たず、他人の家畜を世話して、わずかな収入を得、食いつないでいる人びとも多いです。カンビン(インドゥック)を支援し、彼らの自立を促すという方法は難しいでしょうか。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-7 19:44:00 (2467 ヒット)

 ジョグジャカルタ留学中の間瀬朋子から、以下のような報告が入りました。間瀬は、これまで、カキリマ(屋台)やジャムー(伝統生薬)売りたちと交流をつづけており、地震直後から、地元のNGOと協力して、支援物資の配給をおこなっています。

■ 6月7日の報告
 地震が起こってから今日までに、バントゥル県(Jl.Imogiriの各地、ジュティス郡、セウォン郡、プレレット郡)、グヌン・キドゥル県(プルウォサリ郡、ウォノサリ郡)、クラテン県(ウェディ郡、ガンティワルノ郡、バヤット郡)の村々を歩いてきました。今日は、バントゥル県プレレット郡ウォノレレ村プロソ地区にある、ひとつのRTに物資支援。わたしの印象では、救援物資はほんの一部のアクセスしにくい場所をのぞき、かなり行き届いていると思います。ただ、たとえばドゥスンやクルラハン(集落)など大きなまとまりに物資が届いた場合、しばしば分配の問題が生じているよう。ポンドック・プサントレンに荷物が山積みになっていても、キアイ(イスラーム指導者)がそれを分配しようとしないというケースもあります。モノは運んでも、分配の公平にまで口を出す(住民がモノを分けるプロセスまで見届ける)NGOは少ないのが現状。
 ジョグジャ市内コタグデ地区(市内でもっとも大きな被害地のひとつ)にあるジャムー売りが集まる地域に支援できないか、調査中です。先日スンバコ(基本物資)を運んだクラテン県バヤット郡クラキタン村ブラ地区はエス・プタル売りたちの集まるところ。グヌン・キドゥル県ウォノサリ郡・パトゥック郡にはアンクリンガン売りが多いよう。アンクリンガン売りがまた商売できるように、ロンボン(移動屋台)を支給する援助の形、とれますよね。それではバヤットのエス・プタル売りを支援するにはどうしたらいいでしょうか? 彼らは主にジャカルタに出稼ぎしていて、地震で直接的に商売道具を失ったわけではありません。このような場合、村にある家を失ったアイスクリーム売りを「間接的に」助ける(たとえば、子どもの学費を肩代わりしたり、地域に中長期的に役立つものを贈ったりする)形は許されますか。NINDJAの知恵と経験を教えてください。
 どこにどのような形でNINDJAからの支援を届けるか、もう少し考えながら、明日も物資支援に出かけます。倒壊家屋があるものの、援助の届きにくい、クラテン郡トゥルチュック郡やカランドウォ郡あたりをみてくる予定。

■ NINDJAから返事
 アチェについて、わたしたちが悩んだこと。最初、漁民のほとんどから、家か漁船を支援してほしいと頼まれたの。安〜い家や漁船で1人あたり15万円ぐらいと考えると、その時点で集まっていたカンパ400万円では、26人しか支援できないことになってしまう。その場合、ではどの村を選択するのか、もしくは多くの村を支援する場合、では誰を選択するのか、ということで頭を抱えたわけです。選択にもれる人が、そんな支援に理解してくれるわけはなく、半月ぐらい、あちらこちらのキャンプを歩いて、見つけたのが30万ルピア程度の伝統的漁具でした。そのあとは漁民以外でも、1人30万ルピアを目安に(つまり、支援に格差が出ないよう)仕事の道具を支援してきました。
 間瀬さんがロンボンの支給をしたいと考えておられる場合、仮に100万円のカンパで何人を対象にできるのか。たとえば2万円と見積もって50人支援したら、アンクリンガン売り全般(ロンボンが壊れた人)にいきわたるのか。アンクリンガン売り以外の人と摩擦が起きないのか。そこを解決できれば、アンクリンガン売りへの支援について、まったく問題はないと思います。
 エス・プタル売りについて、子どもの学費というのは、もしかしたら難しいかもしれません。現金で渡した場合、学費としてつかわれないかもしれないし、なにより1人あたりの額があまりに少ないということになる可能性があるので。むしろ、地域に中長期的に役立つものを贈るというほうが、いいように思います。たとえばアチェでは、仮設の小学校(教室×3、教員室、机・イス・黒板つき、約40万円)やバライ・プンガジアン(約15万円)を建てたり、簡易水道(約15万円)を敷設したりしました。


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