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 ロンボク島(2018年7月)、中スラウェシ(2018年7月)と、インドネシアでは多くの死者・行方不明者をともなう地震が多数発生しています。NINDJAは、これまで現地と培ってきた草の根のネットワークを活かし、自然災害に対して緊急に対応できるようカンパを募っています。今後ともご支援いただけると幸いです。

Warung NINDJAからご支援いただけます
投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-7-5 19:19:00 (3143 ヒット)

 NINDJAによるジャワ島中部地震被災者支援「モノ売りプロジェクト」、本日アンクリンガン(ジャワ式屋台カフェ)たちなどに提供する商売道具(主に台所用品)を購入。今回、屋台骨組みごと援助されるアンクリンガン売りはそれほど多くありません。屋台は震災前のものを使えばよいけど、紅茶のグラスが割れたり、ヤカンがつぶれたりして、商売できなくなった人たちにも支援の手を差し伸べることにしました。グラスや皿、スプーン類、ヤカン、ビニール幕などの基本的道具を揃えてあげれば、明日にでも商売再開できる人たちがたくさんいます。モノ売りひとり当たり12万ルピア(約1500円)程度の小さな援助にも充分意味があります。魔法瓶や補助イスなど、なくてもどうにか商売できるものに、今回 NINDAは援助しません。NINDJAからの基本的商売道具の供与でなんとか商売を再開すれば、大半のアンクリンガン売りたちは2週間後には魔法瓶も補助イスも自分で買えるでしょうし、子どもたちの学費も払えるはず。再開店の目途さえ立てば必ずやっていけると、ここ何年かモノ売りたちの生活をみてきたわたしは確信しています。

■ 購入したもの
ビニール幕(4m×6m)6枚、グラス132個、皿132枚、食事用スプーン132本、マドゥラーを兼ねる飲み物用スプーン132本、氷保存容器12個、揚げ物用フライ鍋6個、フライ返し4本、炊飯・蒸し物用鍋10個、灯油コンロ6個、ザル2個、大バケツ2個、ヤカン30個。総額約3万7000円の買い物でした。

 ジョグジャでジャワ風焼きそばを売っている集団のひとつがジョグジャカルタ特別州グヌン・キドゥル県ウォノサリ郡ピヤマン村の出身者。彼らの多くも、出かせぎ地であるバントゥル県のプレレット郡やセウォン郡で被災し、屋台や調理道具などを失いました。商売道具をなくした焼きそば売りたちは現在、被災しなかった仲間の焼きそば売りのところで下働きしたり、工事現場で日雇い労働したりして、焼きそば売りを再開する資金を探しています。焼きそば売りの屋台は、アンクリンガン売りのものより若干高価。1台125万ルピア(約1万5500円)です。ピヤマン村でつくることにしました。輸送賃をNINDJAもちにするかどうかは、検討の余地があると思います。
 国内外ふくめ各地から入ってくる支援物資を右から左へ投げ飛ばすのが精一杯、物資の在庫をさばくことにやっきになり、どこで誰が困っているのか、分配の問題は生じないのかなど、援助される対象や援助の質を意識する時間がない…という状況に、この間ずっと不満をもってきました。モノを運ぶ前に、被災地を視察しない援助団体がたくさんあります。メディアなどの二次的情報と地理的アクセスの容易さが、各団体の援助活動を圧倒的に左右します。自分の眼で見て支援対象地を決定してモノを運ぶ、時間はかかりますけど、これしかない気がしてなりません。
 NINDJAの枠組みのなかでジャワ島中部地震にたいする支援がはじまり、それをわたしもお手伝いできることになりました。個人的なことですが、これまでお世話になってきたジャワの人びとが一番困っているときに動かなければ、わたしはずっと後悔するでしょうから、ほんとうにありがたい機会です。
 NINDJAが援助の形も対象もわたしに一任してくださったことはたいへん重いのですが、嬉しいことでもあります。自分で歩いて見て聞いて、支援対象者に応じてこちらは何をしてあげられるのかを考えて実行する…、ほんとうは当たり前の形で援助ができる。これは地震発生時から抱えてきた支援活動にたいするわたしの不満を一気に解消してくれました。カキリマ(屋台)支援プロジェクトも、被災者であるひとりひとりの屋台商人と向き合ってとことん話し合いながら、進んでいます。
 バントゥル県プレレット郡ウォノクロモ村で被災したアンクリンガン(ジャワ風屋台カフェ)売りのヤシンさん、地震で家も家財道具も失いましたが、屋台骨は無事でした。屋台で使うヤカンは、毎日家で洗ってしまわれていたので、倒れた壁に押しつぶされてぺちゃんこになりました。屋台で売る揚げ物を作るための中華鍋なども壊れました。6月23日、NINDJAはこれら壊れた調理器具(総額約2500円)を支援。翌週から、ヤシンさんはアンクリンガン売りとして商売再開。まだまだ廃墟の様相残るジェジェランいちば横で、元気に紅茶や揚げバナナを売っています。
 クラテン県チャワス郡カランアサム村ナメンガン集落出身の被災者向けアンクリンガン屋台は、すでに注文しました。来週には1台、再来週には2、3台と、次々でき上がってくるはず。壊れたヤカンや食器、台所用品に代わるものも、すでに購入しました。こちらも屋台完成と同時に配り、被災者が早く商売に戻れるように支援したいと思います。詳細はまた報告します。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-28 19:23:00 (2452 ヒット)

 6月20日に2370万ルピアを送金、中ジャワ州クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落と隣のジョンゴ集落の出身のアンクリンガン(ジャワ式屋台カフェ)売りの支援活動がはじまりました。

■ NINDJAによる中部ジャワ地震被災者支援の第一弾「モノ売り支援」が本格的に開始しました
 ジョグジャカルタ特別州バントゥル県で被災して、屋台やそのほか商売道具を失ったアンクリンガン(ジャワ式屋台カフェ;紅茶や揚げバナナ、バナナの葉にごはんとおかずを少しずつ包んだもの―ナシ・クチンー<ねこめし>を売る)売り13名が最初の対象です。
 支援対象者の多くは中ジャワ州クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落と隣のジョンゴ集落の出身。チャワス郡カランアッサム村は、西で境を接する同県バヤット郡ングランガン村と並んで、アンクリンガン売りの出身地として有名。これらの村からは労働人口の約75%が、アンクリンガン売りとして中ジャワ州スマラン県やジョグジャカルタ特別州に出かせぎしています。
 被災地ジョグジャでは建材費などがかなり値上がりしているので、壊れた屋台に代わる新しいものをここで作るとなると援助予算をオーバーしそう。彼らの出身地で作る場合、輸送費がばかにならない。ジョグジャ中、クラテン中歩いて、何とかなりそうな屋台工場(こうば)、やっと見つけました。ジョグジャ特別州グヌン・キドゥル県サプトサリ郡ジュティス村、ジョグジャ市内からバイクで1時間半くらいの山中にあります。総チーク材(堅くて強い)のタイヤつき、輸送費込みで破格の一台90万ルピア(約1万1000円)。この価格がとても安いことは、知り合いのアンクリンガン売りやそのほか屋台引きに聞いても、自分が歩いて得た情報でも、確かです。「これ、被災者支援なの、安くしといて、ねっ?」というわたしのことばに、「あぁ?あんたが援助活動するのは勝手だけど、どうしてぼくも援助価格にしないといけないの?」と工場のおにいさん。もっともな言い分である…。「削れるところは、ぼくの労賃しかないんだよ」とつぶやきながら、けっきょく彼はかなりの良心価格をくれました。本日、とりあえず屋台4台注文。1週間後に1台、3週間で4台上がってくる約束です。注文の追加は随時おこなっていく予定。
 アンクリンガン売りのシンボルであるヤカン。1台の屋台にかならず3つのヤカンがあり、つねにアツアツの紅茶をお客に提供します。アンクリンガン売りなどの業務用台所用品の露天が並ぶウォノサリ通りにて、ヤカン1つ1万3000ルピア(約160円)で交渉成立。とり急ぎ明日30個購入します。
 以上、報告遅れましたが、NINDAモノ売り支援はただいま進行中です。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-17 19:53:00 (2353 ヒット)

対象
震災でロンボンを失ったが、今後もロンボンを用いたモノ売りとして生計を立てる意志のある者

第一弾支援地域
クラテン県チャワス郡カランアッサム村ナメンガン集落の「ヘ(Hik)(アンクリンガン)」売り、および若干名のバントゥル県プレレット郡ウォノクロモ村のヘ売りと鶏そば売り

支援目的
(震災で失った)商売道具を支援することによって、被災したモノ売りたちが今後自立的に震災で生じた問題を解決していけるであろう機会を提供する

支援者選択の決め手
被災の強度(居住地、商売地、出身地)、経済力、自立への可能性。カランアッサム村ナメンガン集落の出身者たちは、主にヘ売りとしてジョグジャカルタに出かせぎしていて、出稼ぎ先居住地で被災。同時に出身地のクラテン県カランアッサム郡も震災でダメージを受けた。バントゥル県プレレット郡ウォノクロモ村ジェジェランいちば周辺(今回の地震でもっとも被災の激しい地域のひとつ)で商売するヘ売りと鶏そば売りがいる。ナメンガン集落のヘ売りと合わせて、合計19名のモノ売りたちを、NINDJA第一弾支援の対象とできればと思う。

支援額見積もり
できるだけ多くの被災者を支援できるよう、ロンボン等の額は極力抑えたい。総チーク材の高級ロンボン(ふつうヘ売りたちは、これをつかう)はあきらめ、安い建材を雑ぜた「エコノミー」ロンボンをつくる(ヘ売りたちの了解を得ている)。必要に応じて、ヤカン・グラスなどほかの道具も合わせて、ひとり100万ルピア内外。道具だけしか支援しないケースもある。したがって約25万円弱がロンボン・道具購入費。そのほか輸送費(ロンボンを村でつくるのかジョグジャでつくるのかによって変わってくる。思案中)もかかるだろう。

 6月15日、ナメンガン集落にいる、ロンボン・やかん食器等を失った被災者をひとりひとり訪問し、13名に支援が必要であるとみた(16日からジョグジャでもう一度被災状況をチェックして、支援者を決定)。16日、バントゥル・ジェジェランいちば周辺で援助が必要か確認作業。
 以上、簡単ですが、取り急ぎ報告いたします。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-14 19:47:00 (2672 ヒット)

 13日は朝からグヌン・キドゥル県ウォノサリ郡ピヤマン村ングルボ集落へ。被災モノ売りを助けるプロジェクトを見つけに歩いているなかで、おとといの夜アルンアルンで、その前の夜UGMで、いずれも「ロンデ」(白玉入りしょうが湯)を食べつつ、出会った情報が手がかり。ピヤマン村自体に大きな被災はない。同集落からジョグジャへ出稼ぎする場合、ロンデ売りやミー・ジャワ売りになることが多い。ミー・ジャワ売りとしてバントゥル県(とくにイモギリ郡、プレレット郡、セウォン郡)に出稼ぎしている者のうち数人が地震でロンボンを失った。商売できなくなった彼らは、現在、建設現場で日雇いになったり、知り合いのミー・ジャワ売りを手伝ったりして、ふたたび自分のロンボンを買うためにおカネを集めている。
 グヌン・キドゥル県ウォノサリ郡に入る手前の、パトゥック郡の被災状況は悲惨。日本の自衛隊も、ここで医療支援をしている。大きな道路を脇に入れば、援助が入りにくい地区がたくさんある。同郡スモヨ村などがそうだ。スモヨ村を越えると、バントゥル県に入る。ピユンガン郡スリムルヨ村でも、全壊家屋が連なる。同村パンデヤン集落には、現在までにわずかばかりの政府支援物資、ガジャ・マダ大学やテルコム社からのスンバコ支援しか届かない。政府が約束したコメや副食費もまだ来ない。
 ヤギ支援について、ジャワでいう「パロ」方式に準じていこうと思います。援助対象村で特定グループ(2、3から5世帯)を作り、各世帯にメス1匹、1グループにオス1匹を提供。提供したカンビンは原則NINDJAのもの。売ってはいけないし、病気になったりしないよう、提供された村人は責任をもたなければならない。カンビンに子どもが生まれたら、それは村人各自のものになる。パロ方式では、ほんとは生まれたカンビンの半分はNINDJAのものになるはずだけど、これは援助プロジェクトなので、100%村人各自のものになることにします。6カ月に一度くらい子どもが生まれますよね。3回生まれたら次の1回で生まれたカンビンはNINDJAのものにして、別の村人に提供するなどとすれば、より多くの人を支援できるプロジェクトに発展しますよね(面倒か…)。こちらも予算案等、近日中にお届けします。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-6-10 19:46:00 (2619 ヒット)

 毎日被災地を訪ねています。昨日は、クラテンから少し足を伸ばして、ウォノギリ・スコハルジョまで。新聞によると、ウォノギリ県セロギリ郡・プラチマントロ郡も被災したとのことでしたが、被害は大したことないように確認してきました。スコハルジョ県とクラテン県との県境(スコハルジョ県ウル郡)はクラテン県並みに被災していました。ここには倒壊家屋が多いのに、援助物資が入ってきにくい。ジョグジャにあるNGOを通じて、近日中に何か支援物資を運ぼうと思っています。
 アンクリンガンを支援する場合、ロンボン1台60万ルピア、ヤカンそのほかの道具を買って、ひとり当たり2万円くらいの支援となりそうです。もちろんすべてのアンクリンガン売りを助けることはできませんが、出身地も出稼ぎ地(ジョグジャ市やバントゥル県)も震災を受け、家も商売道具を失った、クラテン県チャワス郡カランアッサム村の人びとをできるだけ支援できればと思います。同村の特定ドゥスンを支援の対象にできませんか。昨日確認してみたところ、たとえばここのナムンガン地区(ドゥスン)に属し、村でそして出稼ぎ地で被災したアンクリンガン売りは17人。ひょっとしたらとなりのドゥスンも助けられるかもしれません。ちなみにカランアサム村からの出稼ぎのほとんどすべてがアンクリンガン売りです。アンクリンガン売りは男性ですが、その配偶者や家族がアンクリンガンで売られる揚げ物やごはんものを調理する裏方を担当。したがってロンボンの数以上に、実はもっと多くの人を助けられるプロジェクトだと思います。
 より平等に、より多くの人びとに援助がいくようにするなら、屋台など道具や設備を支援するより、たとえばモノ売りの子どもたち(小中学生の学費1年間15万ルピア程度)を直接各学校に払い込む形をとろうと思いましたが、難しいようなら、見送ります。仮設学校やムショラをどこに作るのかを選定する眼がわたしにはなさそう。出稼ぎ地で被災していないものの、故郷の村で家を失った(子どもたちは村に残されている)、出稼ぎモノ売りの負担を軽くする方法は、また考えてみます。
 あとはバントゥル県の市場商人(野菜売り、鶏売り)が多く集う村(震災でかなりのダメージあり)、グヌンキドゥル県の被災貧村を対象に、何かできればと思案中。これらの村では、自分で家畜(カンビン)を持たず、他人の家畜を世話して、わずかな収入を得、食いつないでいる人びとも多いです。カンビン(インドゥック)を支援し、彼らの自立を促すという方法は難しいでしょうか。

(報告:間瀬朋子)


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