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ジャワ中部地震被災者支援へのご協力のお願い
 2006年5月27日午前5時54分(現地時間)、マグニチュード6.2の地震がジャワ島中部のジョグジャカルタ市より15km程南の南部海岸近くで発生し、多数の死者(3000人以上)と負傷者が出ています。避難民は20万人に上るとみられ、家屋、病院など建物の被害も深刻であり、今後、中長期的な復興活動が必要になると思われます。
 NINDJAは、これまで現地と培ってきた草の根のネットワークを生かし、屋台、ヤギ、メロン栽培支援をおこなってきました。現在、いただいたカンパの残金を生計自立支援プロジェクトとして活用させていただいている段階です。今後ともご支援いただけると幸いです。

Warung NINDJAからご支援いただけます
投稿者: NINDJA 投稿日時: 2009-4-1 15:39:00 (2785 ヒット)

 ヤギを飼育するには、暑さ、寒さ、雨風、病気と日々たたかわなくてはなりません。プロジェクトに参加した被災者たちは、住宅復興や生計の建て直しに、とても忙しい状況がつづいていましたが、ときに苦戦しながらも、現在まで飼育をつづけています。
 いっぽうで、ヤギを増やして生計を豊かにしようという志半ばに、さまざまな理由で飼育に失敗したり、飼育を止めたりした人もたくさんいます。それでも、支援されたヤギを世話しなかったり、無断で市場に放出したりした人は、数えるほどしかいませんでした。これまでにプロジェクトを去った人には、それなりの正当な理由があった思っています。
 NINDJAは、プロジェクト参加者とよい関係を築くよう努力してきたつもりですが、このヤギ飼育支援プロジェクトにだけ労力をかけ、邁進してこれたわけではありません。メロン栽培プロジェクトがはじまったこともあり、08年以降、ヤギの管理は、各飼育グループの長に委ねられることが多くなりました。グループ長の指示と管理で、メンバーたちが自発的にヤギを飼育する形です。ときに病気でヤギが一匹死んでも、残りのヤギを大切に辛抱強く育て、しばらく経つと子ヤギを得る。こうした形で、ヤギ飼育支援プロジェクトがゆっくりゆっくり動いていることを、とても嬉しく思っています。
 死亡もしくは売却されたヤギの数を除き、現在ヤギは、クラテン県プランバナン郡センゴン村、同ウェディ郡ビリット村、同ウェディ郡ブランカル村で合計45匹となっています。最初に購入した親ヤギは、すでに3〜4回も出産を繰り返し、すでに孫世代を登場させていることをご報告します(写真は3月28日に生まれたばかりの子ヤギです)。
 最後になりますが、インドネシアで長期的に被災地支援や村落生計支援を実施していくことは難しいようにみていました。しかし、プロジェクト参加者たちのヤギ飼育へのインセンティブを引き出し、参加者の間の平等を確保し、余分な(「不透明な」)出費を一切控えて、約2年半活動してこられたことにより、新しい取り組みも可能ではないかという明るい希望を持っています。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2008-5-21 23:39:37 (3825 ヒット)

 2006年5月27日早朝に起きたジャワ島中部地震から2年がたとうとしています。被災地では、政府資金と国際・国内NGOによる支援による住宅再建がほぼ終了し、人びとは日々の生活に忙しくしています。住宅再建支援金で従来の住環境を回復するのは難しく、もともと富める人びとはすぐに立派な住宅をつくり直せたものの、もともと経済的に苦しい人びとは、支援金を頼りに、なんとか雨露しのぐ建物を確保するに留まりました。多くの人びとは、これから少しずつ資金をかき集め、壁を塗りなおしたり、床タイルを張ったり、少しずつ住環境を改善していくことになりそうです。ニンジャによる被災地ヤギ飼育プロジェクトは、06年8月17日にはじまり、現在もつづいています。
 これまでに5村6グループに68匹の親ヤギ(ギバス種31匹、ジャワ種37匹)を購入。うち、雨季の寒さや病気で死んでしまったヤギが15匹、病気前に売り払ったヤギが9匹。したがって、現在44匹の親ヤギが残っています。この間、ヤギをかわいがり、病気になれば、獣医による治療を依頼し、死んだ場合にはニンジャ側に逐一報告を入れ、親ヤギ被貸与者(飼育者)である被災者たちはおおむね真摯にプロジェクトにかかわってきました。
 その甲斐あって、ニンジャ=飼育者間の契約にもとづき、飼育者の権利としてすでに売られた子ヤギを除いても、現在子ヤギの数は4匹になりました。すでに売られた子ヤギもかなりの数になりますが、70万ルピア(約8,000円)の高値がつき、飼育者の生計を支えた事例もあります。子ヤギを売ってつくったお金は、飼育者の住宅再建のための資金と子どもの学資になることがほとんどです。寒さや病気でヤギが死んでしまうのは、仕方がないとは言いがたい状況もあります。下の表にみるとおり、特定村でヤギがばたばた病に倒れ、死んでいます。ヤギの健康や出産の状況は、実は飼育者がどれだけ手をかけているかにかかっています。

<各グループのニンジャ・ヤギ飼育状況>
左から:購入数/現在残っている親ヤギの数/手元にいる子ヤギ数
センゴン 10匹(ギバス種)/10匹/14匹
センゴン◆11匹(ジャワ種)/4匹/4匹
ビリット:11匹(ギバス種)/4匹/2匹
ガタック:15匹(ジャワ種)/11匹/11匹
ムカル:11匹(ジャワ種)/7匹/9匹
ジュティス:10匹(ギバス種)/8匹/7匹
合計:68匹/44匹/47匹
 
 成功している人の例でいうと、ニンジャ親ヤギは4回目の出産を終え、すでにその子ヤギ世代はいうにおよばず、孫ヤギ世代も出産時期を迎えます。プロジェクトの継続を見越し、今後ニンジャ側は、すでに生産的でなくなった親ヤギを売り、生産年齢の親ヤギに買い換え、大きくなったニンジャ子ヤギを飼育者とのコンセンサスにもとづき売買する仕事をおこなっていく予定です。飼育者との信頼パイプができ、ヤギプロジェクトは安定充実期に入りました。

(報告:間瀬朋子)


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2007-12-26 18:04:38 (2315 ヒット)

■ 犠牲祭をひかえて
 NINDJAのヤギ飼育村落振興プロジェクトは2006年9月ごろにはじまったので、すでに1年以上、被災地の村びとたちとヤギにかかわってきた。NINDJAからヤギを貸与された被災村民の飼育小屋は、子ヤギで満杯になりつつある。この期間、上手にヤギを育てた人のところで5〜6匹、ごくふつうの人で3〜4匹ほどの子ヤギが生まれている。
 イドゥル・アドハ(犠牲祭)に向けて、村びとといっしょに年ごろ(1歳)のオスヤギを売ることにした。この時期、1歳のオスヤギだけが犠牲祭用に取引され、それより若かったり、老いていたりするものは、オスヤギでも取引対象にならない。犠牲祭の季節に1歳のオスヤギが手元にいることは、まったくの幸運である。飼育したヤギに高値がつけば、飼育者といっしょにわたしたち支援チームもここまでがんばってきた喜びをかみしめることができるだろう。
 ンガド制(親メスヤギはNINDJAからの貸与。生まれた子ヤギは、飼育者とNINDJAとのあいだで折半する契約。被災者支援プロジェクトであるため、子ヤギ1匹だけ生まれた場合や、ヤギが病死した場合に、NINDJA側が譲歩するゆるやかな契約にしてある)のもと、今年の犠牲祭で取引対象になりそうな年ごろのオスヤギは、プロジェクト実施5村で数匹いる。NINDJAの取り分のうち、少なくとも2匹は取引対象になる。

■ ヤギと瓦
 ワホノさんのところ(クラテン県ウェディ郡ガタック集落)には、NINDJA取り分の年ごろのオスヤギがいる。わたしたちNINDJA支援チームの合意のうえ、ワホノさんはこれを市場売買取引にかけることにした。犠牲祭を前に、ウェディ郡に隣接するプランバナン郡やバヤット郡の家畜市場では、さかんに年頃のオスヤギの取引がおこなわれている。各集落にブランティック(家畜取引のブローカー)が入ってきて、どこかに市場で高値のつきそうなヤギはいないか物色している。ワホノさんが飼育するヤギは80万ルピア(約1万1000円)というなかなかの値で、ブランティックの眼鏡にかなった。
 NINDJA取り分とはいえ、1年間ワホノさんにヤギを育ててもらった労賃は無視できない。ヤギを売って獲得する80万ルピアは、ワホノさん:NINDJAが1:2程度で分けるのが適当であろうと、わたしたちは見積もっていた。
 ところが、ブランティックにオスヤギを売り渡した段階で、ワホノさんから、わたしたちに思いがけない提案が持ち出された。今回取引したオスヤギは、ワホノさんの取り分だったことにしてくれという。彼は、いますぐにこのヤギ収入80万ルピアのすべてを手にしたくてたまらない。彼の飼育小屋に残っているまだ小さなオスヤギも、これから生まれてくる赤ちゃんヤギも、次回80万ルピア相当分をNINDJAに引き渡すから、今回はNINDJAが折れてくれと懇願する。ワホノさんは住宅再建のためにすでに瓦を購入していて、ブランティックから支払われた80万ルピアをその支払いにあてたい。再建途中の彼の家の前に、瓦はうず高く積み上げられている。
 わたしたちは、正直迷った。プロジェクトを運営する上で、ひとつでも特例をみとめれば、ほかの契約も契約として立ち行かなくなり、プロジェクト自体が崩壊しかねない。しかし、ヤギプロジェクトが「持続可能(sustainable)」であるために、今回わたしたちが「稼ぐ」はずのオスヤギ収入53万ルピア(約7000円。ヤギ販売価格の3分の2)を銀行のNINDJA口座に積み立てておくことは、ワホノさんが瓦を買えることより重要だろうか。
 わたしたちがクラテン県の村むらに通うのは、地震被災者のためになにかしたい気持ちにほかならない。ワホノさんがメッカ巡礼のために「NINDJAヤギ基金」を融資してくれという場合と、地震で失った家を再建したいから融資してくれという場合、わたしたちの対応は違っていいように思えた。政府からの住宅再建支援が1500万ルピア(注)にすぎない現状で、今回ワホノさんが突然手にすることのできた80万ルピアにはかなりの価値がある。

■ 被災者支援の難しさ
 わたしたちが「しぶしぶ」申し出を飲んだことは、もちろんワホノさんを喜ばせた。飼育小屋の子ヤギとこれから生まれてくる赤ちゃんヤギを担保に、53万ルピアを先延ばしにしたことによって、ワホノさんがいちばん必要なときにいちばん必要なものを与えてあげられた、とびっきりの嬉しさを感じながら、同時にわたしたちは心のどこかにすっきりしないものを抱え込んでしまった。わたしたちのおカネではないにもかかわらず、わたしたちの一存で53万ルピアを先延ばししてよかったのか振り返ると、どうも気が晴れない。
 被災者支援プロジェクトを切り盛りしていく難しさを、わたしは日々感じている。誰をどんなかたちで救済すればよいのか、プロジェクトとして割り切ることが、まだできない。割り切っていく英断こそが求められているのかもしれないが、いまのわたしにそれができない。今回特例を認めたために、明日また別の特例措置を要求する村びとに対処しなくてはならない可能性もある。
 すでにみなさんから預かっている残りの資金を、被災地のどこかで新しいヤギ飼育者に割り振り、それをプロジェクトとして軌道に乗せていくとともに、これまで村びとに貸与したヤギから生まれたNINDJA取り分のヤギを管理し、さらに関係村の被災者たちとコミュニケーションをとっていくには、まだ多くの時間がかかりそうである。みなさんの理解と協力をいただけるなら、末永くジャワ島中部地震の被災者とヤギにかかわっていきたい。

注:このような全壊家屋に対して、政府の住宅再建支援は一律1500万ルピア(20万円)。これだけで、被災前に建っていた規模・品質の住宅を再建するのはほとんど不可能である。にもかかわらず、政府は、同支援をもって耐震住宅を建設する義務まで被災者に課した。

(報告:間瀬朋子)

写真上から
村にヤギがやってきた
スヌンさん(左)もオスヤギを市場に
犠牲祭の風景
数カ月前に再建中だった住宅


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2007-10-8 2:12:33 (2605 ヒット)

■ ヤギ育成グループが増えない!?
 現在、NINDJAのヤギを飼育しているのは、クラテン県ウェディ郡とプランバナン郡にある5村6グループ。当初の予定では、早い時期にどんどんグループを増やしていくはずでしたが、思ったようにはできませんでした。
 というのも、ヤギを飼育するには、ヤギのエサとなる草を毎日大量に探しに行くか、ヤギを連れてどこかへ草を食べさせに出かけなくてはならず、手間がかかります。ヤギが雨風にさらされないよう、飼育小屋も必要です。

■ 息の長い支援を…
 地震で家を失った人びとの大半は、建材の政府支援を受けながら、自分の労力で新たな家を建てています。
 「人が食べるのもたいへんなのに、ヤギにまで手が回らない」「家を建設中なので、ヤギの草を探しに行く時間がなかなかない」「瓦礫の山に十分な飼育小屋を建てる場所が見つけにくい」などという理由で、新たなヤギ飼育希望者はなかなか現れてくれません。
 現在も、建材購入のための政府支援金は、クラテン県の被災者の手にまだ全額が渡っていない状態です。
 ヤギ飼育村落プロジェクトを大規模展開させていくには厳しい環境ですが、被災者・被災地に状況をみきわめながら、息長く活動していきたいと思っています。
 細々とながら、随時現れる新しいヤギ飼育希望者が、現在プロジェクト進行中の村内や隣村、あるいはその親類縁者のいる被災村から出てきているのは、とても嬉しいことです。プロジェクトの内容を聞いて、関心をもってくれた村びとたちといっしょに、今後もゆっくり活動していくつもりです。

■ ヤギ飼育は簡単でない
 ウシと違って、ヤギは風邪や下痢のようなちょっとした病気で突然死にます。それでもグループによってヤギ管理の上手下手があるようです。
 NINDJAが支援する6グループのうち、5グループはたいへんうまくヤギを育てています。不慮の事態はありますが、風邪や下痢でヤギが死んでしまうことはめったにありません。
 たとえば、センゴン村第一グループでは、当初10匹購入したメスヤギが子どもを生み育て、現在は26匹に増えました。新しいグループのムカル集落でも、11匹(うちオス1匹)のヤギがもう22匹になっています。
 ところが、ビリット村ングンプラッ集落の状況は深刻。購入した10匹の親メスヤギが立て続けに出産し、嬉しい悲鳴を上げてから数カ月後、風邪・下痢が子ヤギのみならず親ヤギをも襲いました。このグループでは、個々の飼育小屋がなく、庭で放し飼いにされているため、ヤギが病気になりやすいのかもしれません。
 ングンプラッ集落のヤギは、現在10匹。村びとの生計を支えるヤギ貯金を、ここで一緒につくっていけるかどうか、いっそうの話し合いが必要とされています。
 それにしても、生まれたての子ヤギのかわいらしさは格別です。みなさんも一度見に来てみませんか。

(報告:間瀬朋子)

写真上から
NINDJAのヤギを飼育する家族(ムカル集落)
獣医補佐がやってきた(ムカル集落)
飼育小屋のないングンプラッ集落ではヤギ飼育がたいへん


投稿者: NINDJA 投稿日時: 2006-11-1 20:30:00 (3217 ヒット)

 ジャワ島中部地震の被災地でおこなっているヤギプロジェクト、8月から9月にかけて4カ所に預けたメスヤギ(NINDJAが用意した40匹のうちの多くは、すでにおなかに子どものいるもの)が次々に出産期を迎えます。
 今日までにうち2匹がすでに出産。それぞれ1匹(ジャワ種)、2匹(ギバス種とジャワ種との混合種)の子ヤギが生みました。ママのうしろを追いかけてヨチヨチ赤ちゃんヤギはとてもかわいいです。
 どこかの村でベイビーが誕生するのを毎日楽しみにしています。

■ 病気???
 健康なメスヤギを供与したにもかかわらず、軽い病気は避けられない問題。異種のヤギがひとつの檻に集められると、ストレスで下痢を起こす、砂ぼこりで目が赤くなるなどというのはしょっちゅうです。村に獣医がいないのは当たり前。それでもヤギを飼育する村びとは慣れたもの、慌てません。下痢症状のヤギには虫下しを、赤目のヤギには1日3回目薬を施します。薬は薬局で市販されている人間用を人間おとな向けの処方量でつかいます。
 まるまる太って、元気で大きな子どもを出産できるように、パパイヤを与えたり、毎日おなかをさすってやったり、NINDJAのヤギを飼う村びとはいろいろ工夫しています。

(報告:間瀬朋子)


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