アチェ : 国軍によるレイプ被害女性への支援
2010年8月15日、ピディ県バテェ郡を訪問し、みなさまからいただき、プールしているインドネシア人権基金から50万ルピア(5000円)を、ニャッ・プテさんにカンパさせていただきました。
アチェが軍事作戦地域(DOM)に指定されていた1990年、国軍兵士が住民を隣村に集め、演説をしたことがありました。目の見えないニャッ・プテさんは、自分の村にとどまっていました。そこへ国軍兵士が来て、ニャッ・プテさんをレイプしたそうです。
ニャッ・プテさんは自身が汚れた存在になったと感じ、村を離れ、サバン(ウェ島)に住む叔母のもとへ身を寄せました。1998年のスハルトの退陣、DOMの解除後、村に戻ってきて、いまはゴザ編みをして生計を立てています。大きなゴザだと1カ月に1枚しかつくれません。12万ルピア(約1200円)で売って、材料費を引くと、手元に残るのは7万ルピア(約700円)。
紛争被害者へのアチェ再統合庁(BRA)からの支援1000万ルピア(約10万円)は、家(トタン屋根と板、セメント床の簡素なもの)を建てたり、日々の食費を払ったりして消えました。
50歳ぐらいのニャッ・プテさんは、生後1カ月で母親を亡くし、祖母に育てられました。6カ月ごろ、目の病気を患ったとき、祖母は村に伝わる伝統的な薬で治療しました。この治療のせいか、ニャッ・プテさんは少しずつ目が見えなくなっていきました。いまも光は感じることができるというニャッ・プテさんですが、「目が見えるようにならなくていい。世界を見たくない」と話しています。
(報告:佐伯奈津子)