学校が希望

投稿日時 2007-6-2 12:41:00 | トピック: 孤児

 NINDJAが奨学金を供与している子どもたちの紹介です。第二弾は、北アチェ県クタ・マクムル郡アル・ランベ村のズルキフリとムティアです(写真左がムティア)。

 クタ・マクムル郡アル・ランベ村の兄妹・ズルキフリとムティアは、父親が軍事作戦地域(DOM)時代の1989〜1998年に死亡した。1998〜2005年、自由アチェ運動(GAM)とインドネシア共和国との紛争で、彼らはますます厳しい状況に追い込まれた。
 ズルキフリは、クタ・マクムル高校の1年生、ムティアはロッ・ジョッ中学校の2年生だ。2人の家は貧しく、農園も田んぼもない。
 村は内陸部にあり、森に面している。小学校はあるため、紛争中でも小学校に行くのは、それほど困難ではなかった。しかし、それ以降の教育を受けるには、歩いて、もしくは自転車に乗って、5kmの道のりを行かなくてはならない。
 しかも紛争中、自由に農園を耕すことも自由ではなかった。どんな家でも、軍事作戦によって、生計を立てるのが厳しくなった。まだ学業に専念しなくてはならないはずの2人も、母親を手伝って、ピナン(びんろうじゅの実)を摘まなくてはならなかった。
 どんな困難な状況でも、2人は負けなかった。5kmの道のりを、汗を拭き拭き、学校に行きつづけた。ときには、武力衝突が起きており、家に引き返さなくてはならないこともあったけど……。暴力、殴打も何度も見たし、緊張した状況で、学校が休みになることもあった。
 津波はアチェの状況を一変した。2005年8月15日に和平合意が結ばれ、ズルキフリもムティアも、ほかの子どもたちも学校に行くのに不安を感じなくてもよくなった。
 ズルキフリが好きなのは体操だ。成績はまぁまぁ。ムティアは、いつもクラスで10番以内に入る。
 ズルキフリはアル・ランベ小学校4年生のころから、ムティアは小学校2年生のころから、NINDJAからの奨学金を受けている。この奨学金で、本、ボールペンなど、必要な学用品を買うことができた。古くなった靴を買い換えるとき、奨学金を何カ月か分貯金したこともある。
 「学校で必要なものは、奨学金で買えた。お母さんにおカネがなくても」
ズルキフリは語る。
 ズルキフリにとって、とにかく平和な状況がつづくことが、いまの望みだ。ムティアは、インドネシア語能力を磨き、将来に活かしたいという。

(報告:イムラン・MA)


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