奨学金に励まされて……

投稿日時 2007-6-17 12:42:00 | トピック: 孤児

 NINDJAが奨学金を供与している子どもたちの紹介です。第三弾は、北アチェ県ニサム郡パヤ・ドゥア村のサラフディンとチュッ・ダラです(写真一番左がチュッ・ダラ)。

 奨学金、洗濯代がマレーシアに送られる。マレーシアで教育を受けているニサム郡パヤ・ドゥア村のサラフディンの話は、ここからはじめるのがいいかもしれない。父親はいないが、母親が金持ちの家で洗濯婦をすることで、彼は暮らしてきた。
 ニサムの小学校を出たあと、サラフディンはロスマウェのウトゥン・クッ学校に入学した。この学校の教育システムは、一般の中学校・高校とは異なっている。生徒は、英語とアラビア語という2言語で話すことが義務づけられる。サラフディンも、その生徒のひとりだった。
 サラフディンは、ロスマワティの子どもの2番目だ。ロスマワティの夫は1990年、国軍によって家から連行され、7km離れたところで射殺された。遺体は、道路に投げ捨てられた。3人の子どもを育てるため、ロスマワティは必死で働いた。すべての重荷をひとりで背負わなくてはならず、怒りをぶつける場もなかった。ただ運命を受け入れるしかなかったのである。夫は財産を残すこともなかった。生計を立てるため、彼女はタマリンドを市場に運び、ゴザを売り、金持ちの家で洗濯婦もした。NINDJAからの奨学金は、そんな彼女の支えとなった。
 サラフディンは、1年に1回の休暇のときのみ、アチェに戻ってくる。彼は礼儀正しく、マジメだ。英語とアラビア語を話せる彼の姿に、母親は涙を流さずにはいられない。「サラフディンは勉強をすることができた。子ども以上の存在よ」
 サラフディンの妹チュッ・ダラ・フォナも、北アチェ県デワンタラ郡のパロ・ラダ中学2年生だ。恥ずかしがり屋の彼女は、あと1年で中学を卒業する。ロスマワティは、学校往復のための1000ルピアしか準備できないが、NINDJAの奨学金で学校に必要なものを購入することができた。「学校に行きたいという子どもの希望をかなえるのは難しかったけれども、疲れていたときでも、奨学金があったから励まされたわ」ロスマワティは遠くを見つめて語った。

(報告:イムラン・MA)


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